
顧問のことば
「模擬国連」のすすめ
学習院大学法学部特別客員教授 高 島 肇 久
アメリカで「模擬国連」が盛んに行われていることを知ったのは、1981年に外交をテーマにしたテレビの特集番組を制作するため
ニューヨークにいた時だった。国連海洋法会議を具体例に、多国間交渉がどのように行われるかをカメラで追い続けたのだが、取材が進めば進むほど各国代表の
間に「交渉力」ともいうべき能力の差があることが判ってきた。発言ひとつをとっても、あらかじめその意向を議長に伝えて登録し、自分の順番が来て初めて口
を開くことが出来るというルールの中では、会議の流れをいかにうまく掴んでタイミング良く発言順を登録するか。いざ順番が回ってきた時には、それまでの議
論の流れを十分踏まえた上で、自国の主張をいかに説得力をもって簡潔に展開し、他国の共感を得るか問われるわけで、上手と下手の差が厭というほど見えてし
まう。それに加えて、会議の舞台裏では同じ考えを持つ国々がグループを作って、発言の順番や内容をあらかじめ振り分け、会議全体の流れを自分たちに有利な
方向に導くということが日常茶飯事に行われていて、そのためには様々なテクニックとあらゆる手練手管が使われることが判った。私たち取材班は42日間
ニューヨークの国連本部に居続けて会議をはじめから終わりまで追ったのだが、その時の日本代表団は、会議を主導するどころか、その発言はタイミング、内容
ともに極めて印象が薄く、会議の中での役割はアメリカ代表団のリードに従っているだけとしか思えないものだった。
私たちの取材は次第に「交渉力」に焦点が移り、アメリカの大学で行われている「外交交渉のシミュレーション」をフィルムに収めたりしたのだが、その過程で
知ったのが「模擬国連」だった。高校生、大学生が担当の国をアサインされ、国連を舞台に国益をかけた交渉に臨む。自分が担当する国のことを学び、取り上げ
られるテーマについて調べ上げる。本番では練りに練った草稿をもとに熱弁をふるい、他国の主張に耳を傾けて直ちに反論を用意する。全米の様々な高校や大学
で毎年こうした催しが繰り広げられ、若者たちが「交渉力」を身につけて行く。しかも、これが1920年代から続いていると知った時、私たちは、国連海洋法
会議での日本代表団を思い浮かべながら、その違いに暗澹たる気持ちすら覚えたものだった。
それから四半世紀が過ぎて、日本各地の大学で「模擬国連」が行われるようになり、多くの学生諸君がこの場を使って「交渉力」を磨くようになっている。日
本という国がこれからも平和を享受し、世界有数の豊かさを維持しようとするなら、一人でも多くの日本人が「国際交渉力」を身につけて、外交はもちろん、ビ
ジネス、学術、文化、開発援助など様々な分野で、国益と地球益を守るべく、知力を尽くして行かなければならない。そう考えると、日本にとって「模擬国連」
が持つ意味はことのほか大きい事が痛感される。日本の学生諸君が一人でも多くこれに参加し、貴重な経験を積まれるようにと、声を限りに呼びかけたい。
推薦の言葉
法政大学法学部教授 長谷川祐弘
模擬国連の活動は、学生が実際の国連会議をシュミレーションし、それぞれが担当国の政府を演じることによって、国際問題に向き合うことを目的としている。
模擬国連の活動を行う上では、国連のシステムや国際政治や外交を体感し、安全保障、貧困問題、人権関連の議題に関する知識を吸収するだけでなく、自らの価
値観のみではなく、担当する国家の歴史的かつ民族的な視点に立ちながら国際問題を客観的に概観することが求められるのである。また、学生ならではの発想や
柔軟性に富んだ議論を繰り返す過程で、国際社会がいかにして問題を解決すべきかを考える上でもこの一連の活動は非常に有効的であろう。
そもそも、模擬国連の活動は1923年にアメリカのハーバード大学で始まり、今日では世界各国で行われている。日本においても、大学生を中心とする多くの
若者がこの活動に参加し、参加者は毎年拡大している。また、近年では高校生にもこの活動が浸透しており、国際社会の問題解決に対する探求が多くの学生の間
で行われていると思うと頼もしく感じる。
模擬国連活動は、週に一度の頻度でいくつかの大学の講堂などで行われているが、通常活動以外の事業として、全国規模大会と全米団派遣事業のふたつがある。
全国規模大会では、国際問題に高い関心を持った若者が日本各地から集まり、4日間の模擬会議を通じて、真剣に議論を交わし、交流を深めている。大会中に
は、国連などの国際諸機関で働いておられる方や有識者の方に講演いただくプログラムも企画し、貴重な経験や第一線で働く生の声を学生に届ける役割も果たし
ている。こうした日本国内での模擬国連活動が活発に行われることは、国連に関係してきた人間として嬉しく思う。
また、全米団派遣事業では、アメリカで開催される模擬国連会議国際大会へ日本代表団を派遣する活動を行っている。世界各国の学生と議論する事により、日本
では見受けられないような世界に共通する普遍な理念や価値観に基づく政策や外交と姿勢を知ることができる。これらを体験することで、国際社会と自分と
の距離感を縮め、その場で積極的にプレゼンスを発揮する手法を考える手掛かりを得ることができる。同事業には、国連本部へ訪問したり、政府代表や国連諸機
関に勤める専門家たちからブリーフィングを受けたりするプログラムも用意されており、実際の国連を肌で感じ、各分野における国連の問題意識や現場の活動の
様子を直接伺うこともできる。私自身40年ほど前に数人の学生と一緒にニューヨークにある国連本部を訪れ担当官より中近東の平和達成のために困難さや発展
途上国の抱えている貧困問題についてブリーフィングを受け、またその当時の鶴岡国連大使とお会いして貴重な話をしていただいたのを覚えている。そして世界
平和と繁栄のためにいかにして貢献できるかは、私にとって身近なチャレンジになり、国連の仕事に従事する決意の基盤となった。その後37年間の国連機関の
本部とフィールドでの勤務生活には学生の時に抱いていた志が現実みを深めながら育っていったといえよう。
以上のように模擬国連活動は、国際問題に対する学生らしい柔軟な発想を創造できることに加えて、将来的に国際社会に貢献出来る人材を育成する上でも有効な
活動である。同活動を行う学生の中には国際協力の仕事に携わることを志す者が多くおり、模擬国連活動を経験したOB・OGには現在国連諸機関で活躍してい
る者もいる。今後、より多くの学生が模擬国連活動の素晴らしさを経験し、国際社会で活躍することを私は強く望んでいる。